この記事でわかること
イギリスの獣医費用は2016年から2023年の間に63%上昇し、インフレ率の約2倍のペースで高騰しています。経済的理由でペットを手放す飼い主が増える一方、RSPCAやBlue Crossなどの慈善団体が支援制度を拡充。ペット先進国の光と影を解説します。
「ペットは家族」という価値観が根付くイギリス。
しかし今、その家族を守るための医療費が飼い主を苦しめています。
政府の調査によると、2016年から2023年の間にイギリスの獣医費用は63%上昇しました。これはインフレ率の約2倍のペースです。
RSPCAは「経済的理由で犬を手放す飼い主が11%増加した」と報告しています。
動物愛護先進国と呼ばれるイギリスで、なぜこのような事態が起きているのでしょうか。
獣医費用が高騰した3つの理由
イギリスの獣医費用が急上昇した背景には、複数の要因が絡み合っています。
63%
獣医費用の上昇率(2016-2023年)
インフレ率の約2倍のペースで高騰
まず、獣医業界の急速な統合が挙げられます。
現在、イギリスの獣医クリニックの約60%が6つの大企業グループに所有されています。CVS、Independent Vetcare、Linnaeus、Medivet、Pets at Home、VetPartnersの6社です。
競争・市場庁(CMA)の調査によると、大手グループのクリニックは独立系より平均16.6%高い料金を請求しています。
多くの場合、買収後も元のクリニック名を維持するため、飼い主は自分が大手チェーンを利用しているとは気づきません。CMAはこれを「競争の幻想」と表現しています。
価格の透明性の欠如
CMAの調査では、獣医クリニックの多くが事前の見積もりを提示せず、飼い主は治療が終わるまで費用を把握できないケースが多いことが判明しました。数千ポンドの請求書に驚く飼い主も少なくありません。
次に、獣医療の高度化があります。
MRI、CTスキャン、内視鏡手術など、人間の医療と同等の技術が動物病院でも導入されるようになりました。高度な医療は治療の選択肢を広げましたが、同時に費用も押し上げています。
さらに、コロナ禍でのペットブームも影響しています。
ロックダウン中に300万世帯以上が新たにペットを迎えた結果、獣医への需要が急増。供給が追いつかず、価格上昇に拍車がかかりました。
飼い主とペットへの深刻な影響
獣医費用の高騰は、飼い主の生活に深刻な影響を与えています。
RSPCAの調査によると、飼い主の38%が「食費を削る」「フードバンクを利用する」「獣医への受診を控える」などの対応を余儀なくされています。
さらに24%が「ペットが苦しんでいる」と回答しました。
Dogs Trustの「犬を手放す」ページへのアクセスは、2021年7月以降100%増加しています。
手放す理由として最も多いのは「生活費の上昇」と「経済状況の変化」。愛するペットと暮らし続けたくても、医療費を払えない現実があるのです。
ペット保険の普及率
犬の保険加入率は約15%程度。保険料は月額2,000〜5,000円が一般的
犬の61%、猫の39%が加入。年間保険金支払額は£12.3億(約2,200億円)を超える
イギリスではペット保険の加入率が高いものの、保険料自体も上昇しています。2024年3月までの1年間で21%上昇しました。
保険に入っていても、高額な免責金額や補償上限により、飼い主の負担がゼロになるわけではありません。
飼い主を支える慈善団体の取り組み
こうした状況の中、イギリスでは慈善団体が飼い主を支援する仕組みを整えています。
RSPCAペットフードバンク
2020年に開始したRSPCAのペットフードバンクは、これまでに160万食以上を提供。イングランド全土に140か所以上のフードバンクと連携し、獣医バウチャーも発行しています。
RSPCAのペットフードバンクは、コロナ禍の2020年にランカシャーで試験的に始まりました。
生活に困窮する飼い主がペットを手放さなくて済むよう、無料でフードを配布する取り組みです。現在はイングランド全土に拡大し、ペット用品や獣医バウチャーも提供しています。
Blue Crossは「Veterinary Care Fund」を運営しています。
低所得者向けの無料クリニックとは別に、一般の動物病院で使える最大£300(約5万5千円)の補助金を提供。緊急治療や一回限りの処置が対象で、1,600以上の獣医クリニックが参加しています。2024年には3,000人以上の飼い主を支援しました。
PDSAは1917年から低所得者向けに無料の獣医ケアを提供してきた歴史ある団体です。住宅手当などの公的給付を受けている人が対象で、病院の近くに住んでいることが条件となります。
Dogs Trustの「Hope Project」は、ホームレス状態にある飼い主のペットに100%無料で獣医ケアを提供。予防接種、マイクロチップ、去勢手術まで全てカバーします。
これらの団体は政府の補助ではなく、寄付によって運営されています。「ペットは家族」という価値観が、市民の支援という形で根付いているのです。
政府も動き始めています。
2023年9月、CMAは獣医業界の調査を開始。5万6千件もの意見が寄せられ、そのうち4万5千件は一般市民からでした。
2026年1月には獣医業界改革案が発表されました。獣医クリニックへの免許制度導入、価格表示の義務化、処方薬の価格上限設定などが検討されています。
60年ぶりの大改革と呼ばれるこの動きが、飼い主の負担軽減につながることが期待されています。
まとめ
イギリスの獣医費用は2016年から2023年で63%上昇し、経済的理由でペットを手放す飼い主が増加しています。しかしRSPCA、Blue Cross、PDSAなどの慈善団体が支援制度を拡充し、政府も業界改革に乗り出しました。ペット先進国でも医療費問題は深刻であり、日本の飼い主にとっても他人事ではない課題です。